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読書ノート「わにとかげぎす」

エアコンつけっぱで寝てしまった。反エコライフ。喉いてえ。

「わにとかげぎす」を読み終わった。全4巻。読んでいると、さかんにデジャブのようなものを感じる場面があった。登場人物の行動や考え方に、自分との接点を見出したからとも思ったけど、実はただ単に、前に同じようなマンガを読んだことがあるからだった。古谷実先生、愛してますので、次回作はまたびっくりさせてください。お願いします。ぜいたくですいません。

僕らの世代を語る上で古谷作品をなしには語れない、と勝手に思っている。

古谷先生のデビュー作「行け!稲中卓球部」の連載が始まったのは、確か中一の終わりか中二の初めだったので、連載開始時に僕らは前野たちとほぼ同学年だった。級友の誰かが少し大人ぶって少年ジャンプからヤングマガジンに移行し始めたのが稲中発見のきっかけだったと思うが、その発見によって僕らに走った衝撃はすさまじいものであった。変態、畸形、セックス、ジェンダー、どんな話題でも面白いと感じれば笑っておけ!といったスタイルは、学校で教わる道徳とはまるで正反対のもので、初めはそのギャップゆえの警戒心を抱きつつも、徐々にダークサイドの古谷ワールドに飲み込まれていった。稲中の発見はパンドラの箱を開けるのと同じことだった。稲中があの頃の僕らに示したものは、人生における「中庸以外の選択肢」に他ならないのだから。

稲中後の古谷作品についても、個人的にさまざまな思いがある。一つ一つ言及したいところだけど、長くなるのでやめとく。とにかく、僕らは古谷作品とともに育ち、そして古谷先生に育てられたと言っても過言ではない。学生時代、稲中の新刊が出ると、下校途中の本屋で立ち読みをしながら、笑いをこらえるのに四苦八苦したのは僕だけじゃなく、みんなそうだった。古谷先生の描くマンガの世界がなかったら、僕はきっとあからさまな中二病を発症し(多少は発症していたけど)、モノトーンな青春時代を送っていたに違いない。グラッチェ!古谷先生。

わにとかげぎす 1 (1) わにとかげぎす 1 (1)
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