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ジュンスカのテレビ出演に感じた恐怖

アメトーク3時間スペシャルを見ていたら、再結成したジュンスカの生演奏が流れていた。純粋にちょっといいなと思った。でも、はっきり言って、昔の曲を演奏しただけだし、アレンジもそのまま。それでもいいなと思ったのはなぜなのか。少し引っかかった。

ここ数年、ポピュラー音楽業界の衰退が叫ばれて久しい。その原因についてはいろんなところで議論されてることなので置いておくとして、問題はどうしたら再び業界が活気を取り戻せるかだ。これについて、音楽のファンの間では「次はロックが来る」という意見が多かったりする。俺自身、「今さらロックかよ」と思わないでもなかった、というか、思いまくっていて、ロックが来ると言ってるやつらの気が知れないでいた。

小泉さんの「構造改革なくして景気回復なし」の政策が実現されるようになった頃から、国の経済の建て直しとは裏腹に、国民の間では妙な閉塞感が漂うようになった。その弊害としての具体的な例は、ワーキングプア、ニート、年金、いじめなど枚挙に暇がない(煽るつもりはないです)。

そんな時代背景において、私的に「ちょっと異常なんじゃないの?」と思えるぐらい持てはやされている大きな流行があった。ひとつは韓流ブームをはじめとした純愛モノ。もうひとつは犬や猫を持てはやすペットブーム。

異常だと思うのは、どちらもずっと昔からあったもので、決して目新しいものではなく、というか、むしろ現代において俺達が古臭いものとして捨て、もう忘れ去ろうとしていた精神論を持ち出したものが流行ったことだ。これまでの時代の流れで、ファッションにおけるリバイバルがあったにしても、人類が築き上げてきた哲学・精神の簡素版が受け入れられることはなかった。無論、俺はお涙頂戴モノや犬やぬこを否定するつもりはない。むしろ好きなほうだと自覚している。けれど、みんなが寄って集って褒めちぎっているのを見ると、どうやら異常な事態だと思わざるを得ない。

ジュンスカのライブに感心したわけは、こうした流行の裏づけとなっている心理と重なる部分があるからではないか。ジュンスカが演奏していたのはロックである(ロックといっても「精神のロック」ではなく、「マーケット上のジャンルとしてのロック」)。破壊的なギターサウンドの上に乗せられた情緒的なメロディー、そして表裏のない直接的な言葉。これらのすべては一昔前に俺達が時代とともに置き去りにしていたものだ。

自分ひとりの力では打破できない時代の閉塞感。その膜に覆われることを拒むこともできないのならば、俺達は、覆われていること自体を忘れようとするに違いない。これらの流行は大いにその助けとなる。忘れるために必要なことは、自分の目の届く範囲内で起こる事柄に心を奪われることだ。10年20年後の自分のあり方や社会の方向性を考えることなく、自分の身の回りの自然や人間関係に右往左往する。時代の要請はこの仮のイノセンスへの回帰と幼児帰りなのではないか。

こうしたことを考えたとき、ようやく「ロックが来る」と言っている人達の思惑を理解できた。そして同時に、ジュンスカいいじゃんと感じた俺自身が、時代の閉塞感の真っ只中で、もがきつつ狭い場所をぐるぐると回っているような気がして少し寒気がした。

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